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大多数の人は、日頃は犯罪とは無縁な生活を過ごしています。
しかし、テレビや新聞などのマスコミでは、毎日のように犯罪の発生が報じられています。
犯罪が発生すると捜査が開始されます。
捜査段階で犯人とされた人は被疑者と呼ばれ、捜査の結果によって被疑者の起訴・不起訴が決定されます。
起訴された人は被告人と呼ばれ、裁判が始まり、最終的には被告人に対して有罪か無罪の判決が言い渡されます。
有罪の場合は、刑罰の種類と程度が判決主文で言い渡されます。

刑事事件

このように、捜査の開始から判決言い渡しまでの、犯人に対する刑罰が決められる手続きをひっくるめて、ここでは「刑事事件」と呼びます。
平穏な日常生活の中で、ある日突然、家族の中の誰かが逮捕されたとき、どうすればいいのでしょうか?
保釈や被害者との示談はどうします?
また、警察や検察庁から呼び出しを受けた場合は、どのように対応すればいいのでしょうか?
最近では、盗撮や痴漢が多発し、オレオレ詐欺などの特殊詐欺も依然として後を絶ちません。
犯罪の被害に遭わないためには、どのような工夫があるのでしょうか?
万一、犯罪による被害を受けた場合は、どんな手順を踏んで捜査を開始しもらえばいいのでしょうか?
ひとくちに刑事事件と言っても、加害者側の立場と、被害者側の立場とでは対処の仕方が違います。
また、事件の目撃者など第三者の立場で捜査や裁判に関係させられる場合もあります。

名古屋・岐阜・岡崎の弁護士事務所、旭合同法律事務所では、経験豊富な弁護士が、あなたの相談を受け、あなたの味方となって法的解決に向けて進めさせていただきます。お気軽にご相談下さい。

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旭合同法律事務所あーくん

刑事事件の立場・関わり別記事

事件を起こした側
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事件を起こした側
被害を受けた側
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被害を受けた側
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道路交通
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DV被害

よくあるご質問内容

相続問題についてよくあるご質問

死刑の確定判決を受けた死刑囚が亡くなった場合は、もう再審請求をすることはできなくなるのか?

亡くなった死刑囚の配偶者、直系の親族、兄弟姉妹は再審請求をすることができます。

飲酒検知を拒否してその場から立ち去ったが罪になるのか?

飲酒検知を拒否すると飲酒検知拒否罪になります。

投稿記事

刑事事件・ストーカー問題などについて弁護士が投稿しております。

日本版の司法取引というのはどのような内容ですか。

平成28年の刑事訴訟法改正によって、いわゆる日本版司法取引の制度が導入され、今年(平成30年)6月1日からスタートしました。このたびスタートした日本版司法取引は、他人の刑事事件について、証拠収集に協力する見返りに自分の刑事事件で検察官から軽い処分を得るもので、アメリカ型の司法取引とは違う内容です。

日本版司法取引は、正式には「協議・合意制度及び刑事免責制度」と呼ばれ、特定の組織的な財政経済犯罪とか薬物銃器犯罪について、検察官と被疑者・被告人(協力者)が、弁護人の同意がある場合に、協力者が他人(標的者)の刑事事件について一定の協力行為をし、検察官が協力者の刑事事件について、一定の処分を軽くすることを合意する制度です。

ベテランから若手まで16名の弁護士

経験豊富な弁護士があなたの相続問題についてチームで対応いたします。

弁護士 高橋寛

主に従事してきた分野
刑事弁護、税務事件、交通事故には特に関心があります。

1、略歴
昭和19年2月2日広島県尾道市に生まれ、高校卒業までは瀬戸内海に面した郷里で育ちました。
昭和44年4月検事任官。広島地検を振り出しに、北は北海道の札幌、西は広島までの範囲で延べ13か所の検察庁に勤務しました。その中でも名古屋勤務が3年間ずつ3回の都合9年間になりますから、31年間の検事生活の約3分の1近くを名古屋で過ごしました。

このような経緯もあって愛知県での弁護士登録となりました。検事時代に携わった事件は多岐にわたりますが、最も長い期間経験し得意としていたのは、財政経済事件なかんずく租税(脱税)事件でした。名古屋地検では2年間交通部長をしていましたから、多数の交通事件にも関わってきました。

平成12年6月から同24年7月までは、松阪公証人合同役場(三重県松阪市所在)で公証人として、遺言公正証書、任意後見・離婚給付・金銭消費貸借・債務弁済・借地権設定・土地建物賃貸借など各種契約の公正証書作成、会社(法人)の定款認証などの公証事務に携わってきました。

その間、総務省の所管にかかる年金記録確認三重地方第三者委員会の初代委員長として、公証人との兼務で平成19年7月から平成21年7月までの2年間、いわゆる「失われた年金記録」などに伴う被害者の権利回復に従事しました。厚生年金や国民年金といった公的年金を管理する行政官庁(当時は厚生労働省外局の社会保険庁)、とは独立した第三者機関として、実にやりがいのある2年間でした。
事実認定のため調査員を指揮しての調査や、3~5名の委員で構成される合議体による第三委員会の審議は、司法機関ではないのですが、検察庁や裁判所の仕事に似通った点が多くありました。

2、抱負
特に関心のある分野は、刑事事件、交通事故、税務事件、それに公証人時代に公正証書作成を通じて関与した遺言、離婚の事件ですが、弁護士としては駆け出しですから、初心に立って勉強・研鑚を積み重ねるとともに、これまで携わってきた経験を生かし、誠実と粘り強さをモットーに皆様のお役に立ちたいと思っています。

弁護士 高橋 寛(たかはしゆたか)弁護士・元公証人(刑事事件専門サイト担当)
弁護士平田米男

主に従事してきた分野
会社の再生、遺言・遺産分割、離婚、借地借家、土地問題、建築紛争

1、昭和23年(1948年)岐阜市加納で生まれましたが、小学校1年からは名古屋です。中村小学校、豊正中学校、名古屋西高校から名古屋大学法学部に入りました。司法試験をめざして、法学部を選んだのですが、大学の教授と意見が合わず、3ヶ月程で大学に行かなくなり、独学で司法試験の勉強をしました。

2、昭和47年(1972年)に司法試験に合格し、2年間の司法修習を終了し、昭和50年(1975年)4月に名古屋で弁護士登録(現在の愛知県弁護士会 当時は名古屋弁護士会)をしました。もともと検事を目指していましたが、結局最初から弁護士となりました。

3、2年のイソ弁時代を経験した後、昭和52年4月に現在の旭合同法律事務所を中区記念橋に設立しました。
当時は第一次サラ金被害の頃で、毎日、悪質なサラ金業者との激しい戦いでした。追いつめられ、自殺しそうな人々のために必死に頑張りました。
交通事故の被害者の事件も多く、後遺症の等級認定の再請求などで次々と成果をあげました。毎日、朝から夜中まで働く日々でした。

4、昭和55年(1980年)からは、東京で大きな弁護団に入り、週末は上京し、土日は東京で働く日々となりました。その時に色川幸太郎先生(元最高裁判事)や川島武宜先生(東大元教授・民法の大権威)のご指導を受ける機会をいただくことができました。

5、平成2年(1990年)から衆議院議員を連続3期やらせていただき、衆議院建設委員長、外務政務次官としても働くことができました。(議員時代の話)

6、平成12年(2000年)から、弁護士に復帰し、当時制定されたばかりの民事再生法による大小の企業の再生事件を多く手がけました。
当時、民事再生法はできたばかりで、解説の本もなく、裁判所の判断もなかった時代ですが、事務所の弁護士2~4名でチームを作り,賢明にそして懸命に取り組み、会社の再生を成し遂げてきました。従業員と経営者の生活を守り、取引先との取引を維持することに主眼を置きました。扱った会社は、負債総額2億円位から数百億円でした。

7、最近は、家事事件(相続・離婚など)の事件が増加し、多くを担当しております。
離婚・相続は、土地の境界争いと同様に感情の事件に陥りやすい事例です。
私は、依頼者にとって最良の解決は何か、依頼者のこれからの幸せな人生のために良い解決方法は何か、を視点に、依頼者との対話を重ね信頼関係を強くすることこそ大切と思い取り組んでいます。

弁護士 平田米男(ひらたよねお)創立者・弁護士
弁護士荒木清寛

著書
家庭の法律110番

主に従事してきた分野
交通事故・サラ金・離婚・相続など、
生活密着型の問題を多数担当してまいりました。

最近は、あいち中小企業法律支援センター相談担当者として、
事業再生などに取り組んでいます。

 

愛知県弁護士会所属

弁護士 荒木清寛(あらききよひろ)弁護士
弁護士松波克英

著書(いずれも共著)
判例消費者取引法
交通事故判例百選第4版
交通事故損害賠償算定基準
名誉毀損・プライバシー
Q&A墓地・納骨堂の法律実務
Q&A宗教法人をめぐる法律実務
宗教法各号に掲載(各年の宗教法判例のうごき〔私法〕,日本国内・宗教法関係文献目録)

主に従事してきた分野
民事事件(交通事故、借地借家(立退き)、遺産分割、破産・民事再生、
不動産(登記)、労働災害)を中心にして、様々な分野の仕事をしてきました。
役職
法務局人権擁護委員、人権調整専門委員
名古屋家庭裁判所調停委員
愛知県弁護士会所属弁護士

1、昭和34年7月3日,一宮市生まれ。
一宮市 山下病院で出生(当時は産婦人科がありました)

2、昭和38年9月
一宮幼稚園に入園(年少から途中入園)
暇そうにしていたために,急に入ることになりました。
今は夜中に並んで願書を出す必要がありますが,当時はおおらかで,すぐに入れました。

3、昭和41年4月
一宮市立神山小学校に入学
小学校から50mのところに住んでいましたが,当時は小学校の西の道が校区の境界線でしたので,越境入学でした。
小学校6年生の時に,末広小学校ができて,校区の再編成が行われ,晴れて越境入学でなくなりました。

4、一宮市立中部中学校
歴史好きで,当時のNHK大河ドラマ「春の坂道」を見て柳生新陰流の剣術にあこがれ,剣道部に入りました。
中学3年生の時に,社会科の先生から弁護士の仕事の内容を聞いたり,アメリカのラルフネーダー弁護士が公害問題等で活躍している話を読んだりして興味を覚えました。

5、愛知県立一宮高等学校
今でこそ,全国有数の東大進学校になりましたが,当時は学校群制度があって,今ほどレベルは高くなく,のんびりしていました。
現在は,4年に1回学年の同窓会が行われていて,それを楽しみにしています。

6、昭和53年4月 東京大学教養学部文科1類入学
最初は杉並区に下宿していましたが,途中で目黒区に引っ越しました。

7、昭和55年4月 法学部に進学

本格的に司法試験の勉強を始めました。
同級生の有名人は,大村秀章愛知県知事,片山さつき参議院議員,赤城徳彦元衆議院議員などです。赤城君は同じクラスでした。

8、昭和57年10月 司法試験合格
当時の合格者は500人程度で狭き門でした。

9、昭和58年4月 司法研修所入所
当時は修習期間が2年間あったことと,だいたい卒業できたので,のんびりしていました。
進路については,裁判官を考えていましたが,途中で,法律に縁が遠く,それによって困っている人々のために,身近な存在としてお役にたてるような仕事をしたいと考えて,弁護士になることとしました。

10、昭和60年4月 名古屋弁護士会に弁護士登録
旭合同法律事務所に入所,弁護士としての第1歩
サラ金,破産,離婚,交通事故,消費者被害,立退き,相続など,日常生活に密着した法律問題を中心に仕事をしてきました。
依頼者の方に最もよい解決を一緒になって獲得していく,ということを意識しながら仕事をしています。
宗教法学会にも所属しており,宗教に関わる裁判などにも何件か関わってきました。宗教法学会では理事,文献委員として,毎年の宗教法関係の判例をまとめてコメントしたものを,「宗教法」という雑誌に掲載しています。

弁護士 松波克英(まつなみかつひで)弁護士

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※祝日、振替休日で連休となる場合は土日はお休みです。
名古屋事務所
TEL:052-231-4311

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TEL:058-262-3150

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また、昼間にお仕事をされている方ために、夜間(午後5時~午後8時まで)も
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TEL:052-231-4366

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